
2011年09月10日 (Sat)
だいぶ涼しくなってきましたが、
暑さも長引いていますね。
みなさま残暑バテなどされていませんか。
気がつけばもう9月。
震災からも半年が経とうとしています。
8月末で閉鎖となった避難所も多いようですが、
仮設住宅などへと移るのは、まず外へと踏み出された第一歩。
安心できるおだやかな生活を取り戻していくまでには、
きっと、長い時間を必要とするのですよね。
さて今回の震災で、皆のココロに起こった、
「何かしたい」という気持ち。
義援金や支援金を送る。救援物資を送る。
大きく集めて、大きく届けるというスタイルが多い中、
本当に必要な物を、手から手へ直接届けようと、
立ち上がったフォトグラファーがいます。
わたしが学生時代からお世話になっている、
敬愛する大先輩・岡田久仁子さん。
大阪を拠点に活動する、
女性フォトグラファーさんです。
彼女が、撮影のお仕事と平行して
活動をスタートさせたのは、
まだまだどこも混乱していた、震災直後のこと。
被災地や避難所で、「本当に必要とされているものは何か?」。
とりわけ「女性の本音」を、
陸前高田に住む友人から聞き出して、
集め始めたのが、「Pan2」=パンツなどの下着でした。
その名も「OHKY Pan2プロジェクト」。
ツイッターで声をかけ、集まった多くのPan2を仕分けし、
陸前高田へと送り届けるこの活動は、
フリーランスのフォトグラファーである彼女が、
たったひとりで始めたプロジェクトです。
その後、必要な物の種類が増えたり変化する度に、
リアルな声をわたしたちに伝え、
集めては届け続けてきました。
避難所からの「保存がきく同じ味のパンばかりで辛い」という女性の声には、
自分たちがもらって嬉しいようなスイーツを届けたり…。
大きく集めて大きく届けるという方法では
なかなか伝わってきづらい小さな声。
言いにくいけど実は必要な物、
絶対に必要ではないけれどあると嬉しいものなどなど、
生の声を聞いては、被災地に届けてくれました。
また、大阪からクルマで片道15時間ほどをかけ、
陸前高田へも何度か足を運ばれています。
7、8月の暑い最中、陸前高田に向かったメンバーは、
大阪のおでん屋さん「わか芽」さんを含む総勢6名。
到着後は、Pan2などを手渡しで配布したほか、
陸前高田の仮設住宅数カ所で、
炊き出しなども行なってこられました。
仮設住宅に引っ越したのはいいけれど、
配給品などは打ち切られてしまう…、
そんな方たちのために、「少しでもおいしいものを」
そして「手作りのできたてのものを」の思いを込め、
おでんやおそうめんを作ってこられたとのことでした。

街の様子はというと、だいぶ落ち着いたようにも見えながら、
実際には進んでいないことも多いのが現実だったよう。
以前はごっそりと積み上げられていた瓦礫が、
今回は材質ごとに仕分けされていて、けれど、
市外に出されたり、処理されたりはされたりはしないまま
置かれているのだとか(8月上旬時点)。
そう聞くと、なぜ…と思わず憤りを感じてしまいますが、
まずは、なによりそういった状況を知ることが大切なんですよね。
被災地に赴き、本当の姿や生の声を伝えてくれること。
岡田さんは、Pan2を届けたり、炊き出しを行なったりしながら、
「被災地の状況や声をこちらに伝える」という、
そういったことも同時にされているのだなあと思います。

陸前高田での支援活動は、そのレポートや写真を、
メールなどにて発信され、
大阪に戻ってからは、その報告会も実施。
陸前高田で撮影された写真を拝見すると、
おでんを食べたり、Pan2を受け取ったりしている皆さんの表情が、
本当に素敵なんです。明るい笑顔がいっぱい!
これもきっと、陸前高田の人たちと、
彼女&参加メンバーたち、その両方の、
持ち前の明るさ、元気、たくましさ…などなどの
キラキラとした気持ちが、
互いにあわさっているからなんですよね。
そして、飛び入り参加しているクロネコさんの姿も印象的でした。
(「ほぼ日」の連載「クロネコヤマトのDNA」にあったことが、
実際の姿としてつながりました)
8月末には「陸前高田市 復興街づくりイベント」が行なわれましたが、
そこで使われた「夢あかり」(牛乳パックで作るあかり)も、
「OHKY Pan2プロジェクト!」からツイッターで呼びかけ、
一括して大阪から送ってくださっていました。
被災地とこちらとを手と手でがっちりとつなげ、
足を運ぶことができないわたしたちにでも、
「今できる何か」や、お手伝いの方法を伝えてくれる、
「OHKY Pan2プロジェクト!」。
被災地、と言ってしまうと漠然としてしまいがちですが、
先にいるのが、彼女からつながる陸前高田のご友人と、
そのまわりの方たち…となれば、一気に顔が見えてくる。
パワフルで、豪快で、そしてとってもあったかい。
まわりの皆を楽しく明るく巻き込んで、
大きく広がっていく、
岡田さんらしい支援のカタチです。

数多くの支援先がある中、
何かの縁でつながることになった土地やそこに暮らす人たちを、
この先も丁寧に、ずっと応援していく。
これもひとつの方法かもしれません。
震災から半年。
これからも、原発のことや、食の問題、人々の暮らしのことからも、
できる限り目をそらさずに。
ここからまた新たに、いろんなをことを、
皆で考え、動き、進んでいけたらいいですね。
「OHKY Pan2プロジェクト」はコチラ。
※写真はすべて岡田久仁子さんによるもの。
